永野芽郁さんが小学5年生で『ニコ☆プチ』の専属モデルとしてデビューし、読者からの人気を集めながら成長を遂げ、さらに『ニコラ』や『Seventeen』へとステップアップしていく過程を詳細に紹介しす。
ニコプチ時代のスカウトエピソードから、誌面での人気の高さ、仲間とのユニット活動、そして女優業への転機まで──そのすべてが、彼女の今の活躍につながっています。永野芽郁さんが歩んできた“リアルな成長ストーリー”を一緒にたどってみましょう。
永野芽郁 ニコプチ時代の活動と魅力
永野芽郁はどうやってスカウトされた?
永野芽郁さんが芸能界に入るきっかけとなったのは
小学3年生のときに吉祥寺で受けたスカウトです。
偶然の出会いでしたが、彼女はその場でスカウトを受け入れ、スターダストプロモーションに所属しました。
スカウト当時は芸能界に強い関心があったわけではありません。しかし、撮影現場の楽しさや表現する魅力に惹かれ、自然とモデルや女優としての道を歩み始めました。
このように、街中での偶然の声かけが、後に国民的女優へと成長する始まりだったのです。
ニコプチモデルとしての初登場と成長
永野さんのモデルデビューは、2010年『ニコ☆プチ』10月号でした。当時は小学5年生で、初々しい雰囲気が誌面でも印象的でした。
活動初期はぎこちなさも見られましたが、回を重ねるごとにポージングや表情に磨きがかかり、モデルとして着実に成長していきます。撮影現場でも明るいムードメーカーとして信頼されていたことから、内面からにじみ出る魅力が撮影にも良い影響を与えていたと考えられます。
特に、誌面の特集やファッション企画では存在感を放ち、読者人気も高まっていきました。
ニコプチ卒業とニコラ進級の背景とは
2013年6月号をもって『ニコ☆プチ』を卒業した永野さんは、同年7月号から
姉妹誌『ニコラ』に進級します。
これは、プチモの中で上位評価された1名が選ばれる「進級枠」によるものです。
当時の人気順では1位ではなかったものの、所属事務所や他モデルの事情などを含めた複合的な要因により、進級が決まりました。
進級後は中学生らしい落ち着きと表現力を見せ、より成熟したモデルとして読者に親しまれます。
この進級は、永野芽郁さんにとって新たな成長のステップとなり、結果的にその後のキャリアにも良い影響を与える決断だったといえるでしょう。
永野芽郁のニコプチ時代の人気や序列
ニコプチ時代、永野芽郁さんは常に人気上位に位置していました。
誌面登場回数が多く、表紙登場も7回と実績を積み上げたことから、その人気は確かなものでした。
ただし、当時のプチモ内では明確なトップではなく、阿部紗英さんが1番手、永野さんは2番手という見方が一般的でした。
それでも彼女の努力や安定したパフォーマンスは評価されており、長期的に読者から支持されていた点が際立ちます。
表紙回数の多さと誌面での活躍からも、編集部の信頼が厚かったことがうかがえます。
「なが☆すず」や「RMRM」などの活動歴
永野芽郁さんはモデル活動の中で、ユニットにも参加していました。
特に有名なのが鈴木美羽さんとのコンビ「なが☆すず」です。仲良し二人組として、誌面ではファッション企画や対談企画で登場し、読者から高い人気を集めました。
さらに、久間田琳加さん・大谷凜香さんの
「Wりん」との合体ユニット「RMRM(アールエムアールエム)」にも参加。
4人でのカラフルな表現や企画は、読者の記憶に残る内容となっています。
このようなユニット活動を通して、永野さんの社交性やチームワークの良さも誌面に反映され、個々の魅力がさらに引き立ちました。
永野芽郁の性格やエピソードまとめ
永野芽郁さんは、サバサバとした性格で親しみやすく、現場でもムードメーカー的な存在として知られていました。
負けず嫌いな一面があり、体調が悪くても「自分の出番を他の人に渡したくない」と撮影に参加したエピソードは有名です。
一方で、授業中に突然歌い出して廊下に立たされたというおちゃめな一面もあり、自由奔放さと努力家という二面性が魅力の源になっています。
先輩や後輩との関係性も良好で、面倒見の良さはスタッフや同世代のモデルたちからも信頼されていました。
モデル業だけでなく、人としての魅力が周囲の心をつかんでいたことは間違いありません。
永野芽郁 ニコプチ以降の女優としての道
永野芽郁はどうやって女優になった?
永野芽郁さんの女優デビューは
2009年に公開された映画『ハード・リベンジ、ミリー ブラッディバトル』です。
小学生時代に子役として出演したこの作品を皮切りに、演技の道へと進み始めました。
その後も、ドラマ『ハガネの女』などで地道に経験を積み重ねていきます。
モデル活動と並行して演技に挑戦し続けた結果、彼女の表現力や存在感は徐々に磨かれ、周囲からも一目置かれるようになりました。
特に子役時代からのキャリアを持つことで、若いうちから多様な役に取り組むことができ、演技の幅を広げる土台ができたのです。
有名になったきっかけは何だった?
永野芽郁さんの名が広く知られるようになった最初の大きな転機は
2015年に公開された映画『俺物語!!』です。この作品で彼女は、オーディションを勝ち抜いてヒロイン・大和凛子役を務めました。
透明感ある演技と自然な存在感が話題となり、特に若い世代を中心に人気が急上昇しました。また、映画公開後はCMやバラエティ番組への出演も増え、メディア露出が一気に拡大しました。
この作品をきっかけに「あの可愛い子は誰?」という注目を集め、知名度が急激に上がったのです。
ニコラ歴代モデル一覧と永野芽郁の立ち位置
『ニコラ』は、これまで多くの人気女優を輩出してきた伝統あるファッション誌です。歴代モデルには、新垣結衣さんや川口春奈さんなども名を連ねており、永野芽郁さんもその一人として記録されています。
ただし、在籍当時の彼女は誌面での序列でいうと常にトップというわけではなく、高嶋芙佳さんや中村里帆さんといった存在の後ろに続く“安定した人気モデル”というポジションでした。
表紙回数は合計7回に達し、部長や副部長といった役職には就かなくとも、編集部と読者からの信頼と人気を集めていたことが実績からも明らかです。
セブンティーンでの活動と卒業後の転機
2016年、永野芽郁さんは集英社の人気ティーン誌『Seventeen』の専属モデルとして新たなステージに立ちます。
10代後半のファッションやライフスタイルを発信する場として、より洗練されたイメージが求められる媒体でした。
『ごーいんぐ めい☆うぇい』という連載を持ち、モデルとしての魅力だけでなく、等身大の思いや考え方も共有することで、さらに多くの支持を集めました。
2019年の卒業は、モデル活動の一区切りであり、女優業へ本格的にシフトする大きな節目でもありました。
この卒業以降、出演作品のジャンルも拡大し、より深みのある役柄にも挑戦していくようになります。
朝ドラ『半分、青い。』ヒロイン抜擢の裏側
2018年、永野芽郁さんはNHK連続テレビ小説『半分、青い。』のヒロインに抜擢されます。2,366人が応募したオーディションを勝ち抜いて選ばれたこの役は、彼女にとってまさに人生の転機といえるものでした。
ヒロイン・楡野鈴愛という難しい役を演じるため、実際に聴覚障害のある方々から話を聞いたり、耳栓をつけて演技の練習を重ねたりと、徹底した役作りに取り組んでいたことも知られています。
結果として、多くの視聴者に感動を届け、演技力の高さが再評価されるきっかけとなりました。朝ドラ出演を機に、国民的女優としての認知が一気に広がったのです。
現在の活躍とファッションモデルとしての軌跡
現在、永野芽郁さんは映画・ドラマを中心に女優として第一線で活躍しています。『ハコヅメ』や『君が心をくれたから』など話題作への出演が続いており、幅広い役柄をこなせる実力派として高い評価を得ています。
また、モデルとしての活動も続いており、数々のファッションブランドのイメージモデルやCMにも登場しています。
ファッション誌や広告で見せるスタイリッシュな姿と、スクリーンで見せる繊細な演技。この2つの魅力を併せ持つことが、彼女の唯一無二の強みといえます。
ニコプチから始まった歩みを経て、永野芽郁さんは今もなお多くの人に夢を与え続けています。その姿勢は、これから芸能界を目指す若者にとって、強いロールモデルとなるのでしょう。
【まとめ】永野芽郁がニコプチから国民的女優になった理由と経緯
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永野芽郁は小学生で映画に出演し女優として活動を開始
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モデルと女優を両立しながら演技力を磨いてきた
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映画『俺物語!!』のヒロイン役で一躍注目を集めた
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透明感ある演技が若年層を中心に人気を広げた
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ニコラでは安定した人気モデルとして活躍していた
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表紙登場は7回にのぼり編集部からの信頼も厚かった
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部長や副部長の役職には就かなかったが読者評価は高かった
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Seventeenではファッション性と内面を伝える連載を担当
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卒業を機に本格的に女優業へシフトした
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NHK朝ドラ『半分、青い。』のヒロインに選出される
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難役に挑むため徹底した役作りを行っていた
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朝ドラ出演で全国的な認知と評価を得た
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現在も映画やドラマで主要キャストとして起用されている
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ファッションモデルとしても多くのブランドに登場している
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ニコプチ出身のリアルな成功例として後進に影響を与えている