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市橋達也の現在や生い立ちは?両親と姉はエリートで実家生活?

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2007年に英語講師をしていたリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、指名手配にもかかわらず2年7ヶ月もの逃亡生活を送っていた市橋達也

しかし、警察によって整形手術によって逃亡当初とは顔が違っているという発表があり衝撃を受けた方も多いのではないしょしょうか?

市橋達也は現在どのようになっているのか、生い立ちやプロフィールも気になります。

また、両親と姉はエリートで実家生活をしているという噂は本当なのでしょうか?

そこで今回は市橋達也の

  • 市橋達也の現在
  • 市橋達也の生い立ちやプロフィール
  • 市橋達也の犯行の動機
  • 市橋達也がイケメンと話題
  • 市橋達也の両親や姉はエリートで実家生活?

について詳しく紹介していきたいと思います。

市橋達也の現在はどうしてる?

市橋達也は現在長野刑務所へ収監され服役中です。

無期懲役が確定してから千葉刑務所に収監されていましたが、その後長野刑務所に移送されたようですね。

事件当時は28歳だった市橋達也は、1979年1月5日生まれなので現在44歳になっています。

市橋達也の判決は以下の通りです。

  • 2011年7月21日:千葉地方裁判所は検察側の求刑通り無期懲役の判決を言い渡す
  • 2012年4月25日:無期懲役が確定

 

市橋達也の生い立ちは?プロフィールも

市橋達也の生い立ちを調査した結果、なぜ事件を起こしたのか不思議に思うほど恵まれた環境で育っていることがわかりました。

市橋達也の生い立ち

市橋達也は医師の父親、歯科医の母親というエリートで金銭的にも恵まれた家庭に生まれました。

小学生時代は勉強も運動もできたので、良い意味で目立つ存在だったのだそう。

しかしその一方で「キレやすく怖い」という印象もあったようです。

キレたエピソード

通知表に先生からのコメントで「頑張りましょう」と書かれているのを見て、怒ってその場で通知表を破り捨てた

小学生男子なので、頑張っていたのにそう書かれて怒ることはあるかもしれませんが、大事な通知表を破り捨てるのはキレやすいと思われてもおかしくないですよね。

中学校時代は生徒会役員をしたり、バスケットボール部の副キャプテンをするなど活発で勉強もできていたそうです。

しかしその中学校でも「キレやすく怖い」と思われていました。

高校時代の夢は医師でした。

市橋達也の地元の進学校、「岐阜県立羽島北高校」に進学し、その中でも成績優秀な国立大学理系学部志望のクラスでした。

岐阜県立羽島北高校の偏差値は52

※国立大学理系学部志望のクラスはもう少し高いかもしれません

高校では陸上部に所属しており、学年で1番足が速かったそうです。

高校でも勉強・スポーツができ優秀な生徒だったようですが、高校時代では常に人の上に立ちたがる・1番じゃないと気が済まないという性格が目立つようになっていきました。

また、両親が医者だということもよく自慢していたそうですよ。

住所:〒501-6112 岐阜県岐阜市柳津町北塚3丁目110

公式HP

高校時代まで、キレやすいなどの性格を除けば勉強や運動にすぐれ、何不自由ない生活を送っていた市橋達也が初めての挫折を経験したのが大学受験です。

医師を目指していたので医学部を目指しますが、4年連続で受験に失敗してしまいます。

その後、横浜国立大学(夜間)に進学しますが、やはり医学部ではなかったことと夜間ということもあり再度大学受験に挑戦しました。

しかし医学部への進学は難しく、21歳になって「千葉大学園芸学部」を受験・合格し入学します。

千葉大学園芸学部では緑地環境学科で園庭デザインなどを学んでおり、空手部に所属していたことがわかっています。

大学時代も交流会などでリーダー的存在で、空手部では練習をマジメに取り組んでいたそうですよ。

住所:〒271-0092 千葉県松戸市松戸 E棟

市橋達也のプロフィール

名前:市橋 達也(いちはし たつや)

生年月日:1979年1月5日

年齢:44歳(2023年6月現在)※犯行時は28歳

出身地:岐阜県羽島市

身長:180cm

血液型:O型

 

市橋達也が起こした事件の詳細とは?

市橋達也が起こした事件の詳細を説明していきたいと思います。

これは2007年に千葉県市川市福栄で市橋達也が英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した事件です。

正式な事件名:市川市福栄における英国人女性殺人・死体遺棄事件

2人の出会い

市橋達也と被害者であるリンゼイ・アン・ホーカーさんの出会いは千葉県市川市内の駅前でした。

当時留学を考え英語を勉強していた市橋達也が、リンゼイさんに英会話の講師をお願いしたのがこの事件の始まりになります。

犯行の流れ

犯行当日の2007年3月25日午前9時頃、2人が英会話レッスンを行うために行徳駅前の喫茶店に来店した様子が防犯カメラに映っていました。

レッスンの終わり頃、市橋達也はレッスンの代金を忘れたので家にとりに行きたい旨を明かし、リンゼイさんと一緒にタクシーで自宅へ移動しています。

-自宅到着-

9時54分、市橋達也宅に入ったところで被害者を押し倒し、準備していた結束バンドなどでリンゼイさんを拘束して暴行しました。

和室に取り外し可能な浴槽を置いて、そこへ拘束したリンゼイさんを入れて監禁し、拘束を解いてほしいと要求されると殴るなどの暴力も振るっています。

-翌日-

午前2時~3時頃に自力で拘束を解いたリンゼイさんは逃げ出そうとしますが、市橋達也に見つかり頚部を圧迫され窒息死してしまいました。

-被害者を殺害後-

市橋達也はホームセンターへ向かい、赤玉土56リットル・園芸土50リットル・苗木1本・シャベル・発酵促進脱臭剤2個・脱臭剤2個を購入しています。

そして自宅へ戻り、浴槽と遺体をベランダに移動させて、そこへホームセンターで購入した土などを投入し隠ぺいを図りました。

【事件発覚】

犯行の翌日2007年3月26日、リンゼイさんとルームシェアしていた友人の女性から、リンゼイさんが行方不明になったとの相談を受けた千葉県警船橋警察署の警察官がリンゼイさん宅の捜索をします。

その時リンゼイさん宅から見つかった

  • 市橋達也の電話番号とメールアドレス
  • 市橋達也の似顔絵

と思われるメモを参考に市橋達也の家宅捜査に急行します。

午後9時40分頃、当時市橋達也が住んでいた千葉県市川市のマンションに警察署員数名が到着すると、市橋達也は普通に部屋から出てきて共用廊下で対応しようとしたそうです。

【市橋達也が逃走】

共用廊下で対応しようとするも捜査員が部屋に入ろうとすると、市橋達也は非常階段を駆け下りマンション裏の駐車場を経て東京メトロ東西線行徳駅方面に逃走しました。

その際、逃走を防ぐ為に非常階段などにも捜査員が配置されていましたが、取り逃がす結果となりました。

これから市橋達也の2年7ヶ月にも及ぶ逃亡生活が始まります。

 

市橋達也の犯行の動機は?

市橋達也の犯行の動機は次のように言われています。

リンゼイさんに暴行したことが発覚するのを恐れたための犯行

事件当日、リンゼイさんに好意があった市橋達也は、自宅に入ってすぐ後ろから抱きつきました。

しかし、それを強く拒否されたので結束バンドで拘束し暴行したようです。

学生時代から言われている性格の「常に人の上に立ちたがる・1番じゃないと気が済まないという性格」が、拒絶された時に強く働いたのではないかと考えられます。

監禁中もリンゼイさんに対し、マットレスを敷く・毛布を掛けるなどの行動があったようで、リンゼイさんに本当に好意があったのでは?と思います。

リンゼイさんが拘束を解き逃げようとしたことで、殺意はなかったものの暴行をしたことがバレてしまうという焦りから殺害してしまったと思われます。

 

市橋達也の壮絶な2年7ケ月の逃亡生活

市橋達也の2年7ヶ月もの間、想像もできない壮絶な逃亡生活を送っています。

逃亡後しばらくは近隣の住宅の物陰に隠れていたそう…。

探索中であった捜査員に発見されて、羽交い絞めにされて追い込まれてますが、ここでもまた逃げきっています。

幼い頃から運動神経が良く、大学時代は陸上部で学年で1番足が速かったので、逃げ切れる自信があったのかもしれませんね。

  • 逃亡時の所持金は5万円。
  • 闘争開始後に靴・靴下・上着を失くしてし、ゴミ捨て場からサンダルと上着を手に入れ着用

逃亡時はこのような感じで、よく2年7ヶ月も逃げきれたと思います…。

逃走初日に電車や放置自転車を使い秋葉原まで移動しており、その途中で立ち寄った「東京大学医学部附属病院」の障害者用トイレで自らカッターナイフやハサミなどを使って顔を変えようと整形しています。

指名手配となり、「公的懸賞金制度」の適用で最初は100万円の捜査特別報奨金が掲出されていましたが、金額を引き上げ指名手配ポスターも大量に追加しています。

■捜査特別報奨金100万円 ⇒1,000万円まで引き上げ

■指名手配ポスター3万枚 ⇒追加で6,000枚と変装イメージを追加したA3版を約4000枚・A4判チラシ約3万枚を掲示や配布

その後、日本を広い範囲で移動しながら逃亡生活を進めます。

  • 埼玉・群馬・茨城などの北関東周辺を放浪
  • 静岡県の駿河湾付近まで南下
  • 東京から新潟を経て青森まで北上
  • 青森駅前公園で1週間ほど寝泊り
  • 再び南化し大阪市西成区の公共職業安定所を訪れる
  • 岡山県を経由して四国に移動

そして四国まで行くと香川県高松市からお遍路さんで徳島県、高知県、愛媛県と移動しています。

お遍路さんには「リンゼイさんへの謝罪の気持ち・リンゼイさんが生き返るように」と思い歩いていたのだとか。

お遍路さんで歩いている途中にも指名手配写真を見て、このままでは逮捕されるのは時間の問題だと考え、無人島での生活を考え始めました。

松山港からフェリーで別府湾まで移動し九州を南下。

そして鹿児島県を経て沖縄のオーハ島に行きますが、準備不足のため1週間で挫折してしまいます。

そこでオーハ島と大阪での住み込み労働を繰り返す生活スタイルを考案し、オーハ島でのサバイバル生活の知恵を得るために図書館に行くなどしてサバイバル生活も身に付いたようです。

  • 魚・ヘビ・ヤシガニなどを獲って食べる
  • 野菜を栽培する
  • 飲料水は隣にある奥武島に泳いで渡って1週間分の飲料水をペットボトルに詰めて持ち帰る

このように生活していたそうですよ。

この2年7ヶ月の逃亡生活を記した「逮捕されるまで―空白の2年7カ月の記録」が幻冬舎から出版されています。

逮捕へのきっかけ

最初に逮捕の手掛かりとなったのが美容整形外科からの通報でした。

オーハ島での生活をしつつ、大阪や沖縄本島に出稼ぎに行き、それで貯めたお金で整形手術を繰り返していたそうです。

2009年11月5日名古屋市内の美容形成外科医院が患者のカルテから男性には珍しいほくろの除去を不審に思い、報道されていた市橋達也のホクロ位置と照合し一致したことから通報しています。

それから手術後の新しい指名手配の報道を見た、市橋達也が住み込みで働いていたという大阪府茨木市の建設会社から通報がありました。

【逮捕】 

整形後の顔写真が報道されたことにより通報が相次いだ中、市橋達也が逮捕されることになったのはフェリー乗り場からの通報でした。

オーハ島生活をしていた市橋達也が、出稼ぎからオーハ島へ戻るところだったのでしょう。

神戸市東灘区の六甲船客ターミナルの従業員が、沖縄行きフェリーに搭乗しようとする乗客の中に、市橋達也に似た不審な男がいると通報。

2009年11月10日にフェリー乗り場にいるところを身柄確保され、2年7ヶ月もの逃亡生活に幕を閉じました。

 

市橋達也が整形でイケメンと話題!自分で整形した?

逮捕当時の映像で、市橋達也がイケメンだと話題になっていました。

市橋達也を「イッチー」と呼び、mixiコミュニティではファンクラブも作られていました。

これに対してはかなりの批判もあったようですが、それでも市橋達也がイケメンだと思う声は現在も続いているようです。

逃亡中に整形手術を繰り返し、更には自分でも整形をしたというから驚きです。

逃亡初日に自分で行った整形は以下の通りです。

  • 鼻翼を左右から縫い縮める自己整形手術
  • ほくろを自らカッターナイフで切り落とす
  • 下唇を小さくするためにハサミで切る

通常では考えられない痛々しいものですが、どうしても逃げ切りたいという執念でここまでできたのでしょうね。

 

市橋達也の両親と姉はエリートで岐阜の実家で暮らしている?

市橋達也の家族はかなりのエリート家族です。

父親 ⇒外科医

母親 ⇒歯科医

姉 ⇒医者(科は不明)

市橋達也以外の家族はみんな医師というエリート家族です。

市橋達也の2つ年上で事件当時は30歳で医師で結婚もしていましたが、市橋達也の逃走中に離婚しています。

父親は愛知県一宮市の「一宮西病院」で外科部長を務めていましたが、事件後に退職

母親は自分の両親が開業する歯科医院の医師を務めていましたが、事件後に辞めて病院も閉鎖

現在の父親・母親・姉は、市橋達也が起こしてしまった事件がきっかけで、家族はでほぼ引きこもりひっそりと暮らしているそうですよ。

 

市橋達也の現在や生い立ちは?両親と姉はエリートで実家生活:まとめ

市橋達也の現在や生い立ちは?両親と姉はエリートで実家生活?について詳しく紹介していきました。

市橋達也について調査結果をまとめると

  • 市橋達也は現在「長野刑務所」で服役中
  • 市橋達也は何不自由ない環境で育ってきた
  • 市橋達也はイケメンと言われ当時ファンクラブまでできていた
  • 市橋達也の両親・姉は医者でエリート。現在は医者を辞めて岐阜の実家でひきこもりながら暮らしている

ということがわかりました。

事件はもちろんですが、逃亡生活や自分でカッターやハサミなを使って整形していたことに、とても衝撃を受けた事件でしたね。

最後までお読みいただきありがとうございました。